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福岡家庭裁判所久留米支部 昭和63年(少)1016号 決定 1989年1月27日

少年 K・K子(昭44.11.23生)

主文

司法警察員作成の昭和63年4月8日付少年事件送致書記載の事実については少年を保護処分に付さない。

司法警察員作成の昭和63年10月24日付少年事件送致書記載の事実について少年を福岡保護観察所の保護観察に付する。

理由

(非行事実)

少年は、

第1  呼気1リツトルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で、昭和63年2月28日午前5時50分ころ、福岡県大牟田市大字○××番地先路上において、普通乗用自動車(久留米×××××××)を運転した

第2  Aが公安委員会の遅転免許を受けていないことを知りながら、同日午前6時20分ころ、同市○○町×番地の××先道路において、同人に前記車両を貸与し、同人が同日午前6時25分ころ、同市大字○○××番地の×先道路において、前記車両を運転するのを容易にさせ、もつて同人の無免許運転行為を幇助した

第3  同日午前6時25分ころ、同市大字○○××番地の×先道路において、A運転の前記車両に同乗して進行中、同人が無免許運転でかつ業務上の過失により前記車両を進路左側ガードレールに衝突させ、同車後部左側座席に乗車していたB(当時18歳)を顔面外傷、左上腕切断により出血死させたが、Aの前記各行為がいずれも罰金以上の刑にあたることを知りながら、同人から「K子が運転しよつたこといつてくれ」と依頼されるや、同人の刑事責任を免れしめるため、同日午前7時5分ころ、同市○○町×丁目×番地○○私立病院において、事情聴取にあたつた福岡県○○警察署司法巡査Cらに対し、「私が運転しました。」等と虚偽の事実を申し立て、もつて前記犯罪の犯人であるAを隠避した

ものである。

(法令の適用)

第1事実につき 道路交通法119条1項7号の2、65条1項、同法施行令44条の3

第2事実につき 同法118条1項1号、64条、刑法62条

第3事実につき 刑法103条

(処遇の理由)

本件非行の動機・態様、少年の資質・性格、交友関係・生活歴・本件非行後の状況、保護者の監護能力、保護環境など本件記録によつて認められる一切の事情によれば、少年を福岡保護観察所の保護観察に付するのを相当と認める。

(司法警察員作成の昭和63年4月8日付少年事件送致書記載の事実について不処分決定をした理由)

1  司法警察員作成の昭和63年4月8日付少年事件送致書記載の事実(以下「第1送致事実」という。)の要旨は、「少年は、(1)自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和63年2月28日午前6時25分ころ、普通乗用自動車(久留米×××××××)を運転して福岡県大牟田市大字○○××番地の×先路上を○○町方面から○○方面に向け時速約90ないし100キロメートルで進行中、同所は公安委員会により最高速度が毎時50キロメートルと指定された登り下りのある橋上の道路であるから、自動車運転者としては指定された最高速度を遵守するのはもとより、登り下りの橋になつており減速するなど速度を調節しつつハンドル操作を確実にして事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然同速度のまま進行した過失により、進路前方に認めた犬を避けようとして右にハンドルを切つたところ自車の安定を欠き、ブレーキをかけながら左にハンドルを切つた際、自車を道路左側に暴走させてガードレールに自車左後部を衝突させ、よつて、同車に同乗していたB(当時18歳)に左上腕切断等の傷害を負わせ、同人をして同日午前6時43分ころ、○○私立病院において、右傷害により出血死させた、(2)前記日時場所において呼気1リツトルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有した状態で、前記車両を運転した」というものである。

2  送致手続の有効性について

(1)  第1送致事実の認定に先立ち、この事実の送致手続について検討するに、本件記録によれば、福岡地方検察庁久留米支部検察官は、昭和63年4月13日第1送致事実を福岡家庭裁判所久留米支部に送致したところ、同裁判所支部裁判官は、同年5月12日罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるとして、少年法20条により上記事実を同庁久留米支部の検察官に送致する旨の決定をしたこと、ところが、その後検察官は、本件交通事故当時普通乗用自動車を運転していたのはAであつて、少年はAの身代わり犯人であることなどが判明したとして、前記非行事実欄記載の事実(以下「第2送致事実」という。)を同年10月31日同裁判所支部に送致するとともに、第1送致事実についても同日事件の一部について犯罪の嫌疑がないとして同法45条5号但書、42条により、前記検察官送致決定書および一件記録を同裁判所支部に送致したことが認められる。

(2)  前記認定事実からも明らかなとおり、第2送致事実は同裁判所支部の検察官送致決定後新たに立件されたものであつて、第1送致事実と対比してもその間に事実の同一性を見出すことはできず、結局同庁支部検察官により再送致がなされたのは第1送致事実のみであつて、第2送致事実については新たな送致と解すべきである。してみると、前記再送致は、同裁判所支部裁判官が検察官送致をした事実の全部について嫌疑がないとしてなされたものに他ならず、この再送致は少年法45条5号但書の要件に該当せず、同法42条に違反するものといわなければならない。

(3)  ところで、少年法20条により検察官に送致された事実の全部について公訴を提起するだけの犯罪の嫌疑がない場合には検察官は起訴義務を免除され、その事実が虞犯事由にも該当しないときは検察官限りで不起訴処分にしうるものと解すべきであり、本件の場合も検察官は第1送致事実についてこのような事件処理をするのが妥当であつたと考えられる。

しかしながら、少年法20条により家庭裁判所から検察官送致された事実について犯罪の嫌疑がない場合には、その事実は少年法45条5号本文のいわゆる起訴強制の拘束力の及ぶ範囲の埓外にあつて、このような事実が家庭裁判所に再送致されたとしても起訴強制の原則が潜脱される恐れはなく、また、家庭裁判所は、再送致された事実について、検察官の犯罪の嫌疑についての判断を尊重すべきであるが、これに拘束されるものではなく、再送致事実をあらためて審理したうえ非行事実の存否を確定し、保護処分等をすることができるとするのが少年の適正な処遇という観点に照らして妥当であるから、同法20条により検察官送致された事実の全部について犯罪の嫌疑がない場合に、検察官が不起訴処分をしないでこの事実を家庭裁判所に再送致したとしても、この再送致の手続を直ちに無効とするのは相当でなく、同一事実について二重に訴追されたり矛盾する裁判がなされたりするような可能性があるなどの事情がある場合を除いては、前記のような瑕疵は再送致手続の効力に影響を及ぼさないと解すべきである。

これを本件についてみるに、第1送致事実は検察官送致された事件とは別個の新たな事件として送致されたものではなく、検察官送致決定を前提に再送致事件として同裁判所支部裁判官の検察官送致決定書および一件記録とともに送付されているのであるから、二重訴追や矛盾した裁判の危険といつた事情は認められず、その他本件再送致手続を無効ならしめるほどの事由は見出しがたいから、本件再送致手続は有効であると解すべきである。

3  そこで、さらにすすんで本件第一送致事実の存否について検討するに、本件送致記録および審判の結果によれば、(1)少年は、中学の同級生であるA、D、E、BらとD方において飲酒をしたのち、福岡県大牟田市○○町にある深夜スーパーにいくことになり、判示第1記載のとおり、少年が普通乗用自動車を運転し、助手席にA、後部座席にD、E、Bを乗車させて出発し、前記スーパーに赴いたこと、(2)前記スーパーで買物をしたのち、判示第2記載のとおり、少年とAは運転を交替し、以後Aが前記車両を運転していたこと、(3)そして、Aは、判示第3記載のとおり、本件交通事故を惹起し、Bを死亡させたこと、(4)Aは本件事故当時道路交通法違反保護事件(無免許運転)により保護観察処分に付されていたことから、本件交通事故を無免許で、しかも飲酒のうえ惹起したことが発覚すると少年院に送致されるのではないかと考え、判示第3記載のとおり、少年に対し、自分の身代わりになることを依頼し、これに対して少年は、免許のある自分が運転したことにしたほうが無免許のAより処分が軽くなると考え、これを承諾したこと、(5)また、Aは、Bが収容された○○市立病院において、EやDに対し、警察の事情聴取に対し口裏を合わせるよう依頼し、同人らもこれを承諾したこと、(6)その結果、事故直後の警察での事情聴取に対し、少年を含む4名全員が本件事故当時運転をしていたのは少年であるとの虚偽の供述をし、さらに少年については昭和63年6月20日の検察官の取調べにおいても同旨の供述を維持し、それぞれその旨の供述調書が作成されたこと、(7)ところが、少年は、本件事故により被害者の遺族から多額の賠償金を請求されて家族が苦労していることを感じたため同月26日真相を保護者に打ち明け、Aも少年のこのような事情を知つて翌27日母親同伴で○○警察署に出頭し、本件事故当時自分が前記車両を運転していたことを認める供述をしたこと、(8)そこで捜査機関においてさらに捜査を尽くした結果、少年や同乗者であるEおよびDも前記Aの供述に副う供述をするにいたつたことが認められ、これらを総合すると、本件交通事故当時前記車両を運転していたのが少年でないことは明らかである。

4  したがつて、第1送致事実についてはその証明がないことに帰するので、少年法23条2項により少年を保護処分に付さないこととした次第である。よつて、主文のとおり決定する。

(裁判官 奥田哲也)

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